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M&A時に発生する役員退職金はどうなる?スキーム別に扱いを解説

投稿日:2025年06月11日
M&A時に発生する役員退職金はどうなる?スキーム別に扱いを解説

M&Aでも、役職員が退職すれば役員退職金や従業員退職金が発生します。また、扱いが異なる場合があるため、どのようなスキームを用いられるのかを理解しておくことも重要です。
このコラムでは、M&Aのスキーム別に役員退職金の扱いやポイントなどについて詳しく解説します。

目次

M&Aで発生する退職金とは

そもそも退職金とは、一定年数勤めた役職員の功労に対して給与や賞与とは別に支給する報酬のことです。M&Aを実施する場合は、売り手の代表者や役員が退職するときに、役員退職金が発生することがあります。また、対象企業で働く従業員がM&Aをきっかけに退職するときも、M&Aで退職金が発生するタイミングです。
なお、M&Aを実施しても、役職員が引き続き対象会社で働く場合には退職金が発生しません。

【スキーム別】M&A時の退職金の扱い

M&Aに関連して発生する退職金の扱いは、スキームによっても異なります。ここから、株式譲渡・事業譲渡・合併のケースに分けて、M&A時の退職金の扱いについて確認していきましょう。

株式譲渡の場合

株式譲渡とは、売り手の株主が保有する株式を金銭と引き換えに買い手に渡すことで、会社の経営権を譲渡するスキームのことです。
後継者不在などの課題を解消するためにM&Aの株式譲渡を選択し、代表者が引退した場合に役員退職金が支払われることがあります。また、株式譲渡によるM&A実施後も雇用契約は継続するため、従業員退職金が発生するのは売り手の従業員が退職を申し出るときです。

事業譲渡の場合

事業譲渡とは、会社が営む事業の全部もしくは一部を買い手に譲渡するスキームのことです。
事業譲渡の場合は、一般的にM&Aを実施しても代表者はそのまま売り手の会社に残るため、役員退職金は発生しません。ただし、対象事業に中心的に携わってきた役員が売り手に移る場合は、役員退職金が発生するでしょう。
また、M&A実施後に対象の事業に携わる従業員が買い手で働く場合は、雇用契約の結び直しが必要な点がポイントです。そのため、従業員が買い手に異動する時点で売り手から退職金を支払われるケースと、買い手が今までの退職金分を引き継ぐケースがあります。

合併の場合

合併とは、複数の会社をひとつに統合することです。存続会社が消滅会社の全権利義務を承継する吸収合併と、新たに設立する会社が合併する各会社のすべての権利義務を承継する新設合併があります。
もともと消滅会社に所属していても、合併後に引き続き存続会社に残る場合は基本的に退職金は発生しません。ただし、消滅会社・存続会社・役職員間の合意次第で、合併の際に一度退職の手続きを踏み、退職金を支払うケースもあります。

M&Aの役員退職金が節税につながる理由

M&Aで役員退職金が発生すると、節税につながる場合があります。主な理由は、以下のとおりです。

  • 【売り手】退職所得控除を適用できる
  • 【買い手】損金として算入できる

それぞれ解説します。

売り手は退職所得控除を適用できる

売り手側の役員は、退職金を受け取る際に退職所得控除を適用できる観点で、節税につながる場合があります。
退職所得控除とは、退職金を受け取った際の所得を計算する際に、勤続年数に応じて一定額を引ける所得控除制度のことです。そのため、退職金を受け取る売り手役員にかかる税負担の軽減につながります。
なお、退職金を受け取る際には、退職所得控除の適用などができるのに対し、株式譲渡で得た利益には、一律20.315%(所得税・復興特別所得税・住民税分)がかかる点も理解しておきましょう。

買い手は損金として算入できる

退職金を支払った分を損金算入できる点が、買い手にとってM&Aの役員退職金が節税につながる理由です。
M&Aにあたって、売り手が代表者や役員に退職金を支払った額を損金として計上すれば、その分課税所得が圧縮されます。そのため、課税所得が圧縮された売り手を承継する買い手は、税負担を軽減できるでしょう。
ただし、退職金について過大な支払いがあると、不当に高額として損金算入が否認される可能性がある点に注意が必要です。損金不算入となると、その分当初見込んでいたよりも支払う税額が増えます。

退職金にかかる税金を計算する方法

金額によっては退職金を受け取る際に税金がかかることがあるため、M&Aなどをきっかけに退職を予定している場合は計算方法を理解しておくことが大切です。ここから、退職所得にかかる所得税額の計算式や計算例を解説します。

退職所得の所得税額を計算する式

退職金にかかる所得税額を計算するには、課税退職所得を把握しましょう。式は、以下のとおりです。

課税退職所得 = (収入金額(源泉徴収される前の金額) - 退職所得控除額) × 1 / 2

退職所得控除額を計算する式は、以下のとおりです。

  • 勤続年数が20年以下の場合:40万円 × 勤続年数
  • 勤続年数が20年を超える場合:800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年)

最後に、課税退職所得に所定の税率をかけて控除額を引けば、退職金にかかる税金を計算できます。
なお、役員としての勤続年数が5年以下の役員が退職金を受け取る場合は、計算方法が異なるため注意が必要です。
参考:国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」

退職所得の所得税額の計算例

M&Aの売り手に26年勤務した人が退職し、2,800万円の退職金を受け取った場合にかかる所得税額を計算してみましょう。
今回、勤続年数が20年超のため、退職所得控除額は1,220万円です(800万円 + 70万円 × 6年)。そのため、課税退職所得は790万円と計算できます((2,800万円 − 1,220万円) × 1/2)。
2024年分の場合、課税退職所得790万円にかかる税率は23%、控除額63.6万円のため、税額は118.1万円です(790万円 × 23% − 63.6万円)。
参考:国税庁「退職金と税」

M&Aの退職金に関するポイント

M&Aで退職金が発生する可能性がある場合は、以下のポイントを押さえておきましょう。

  • 【買い手】規程に基づき適切に支払う
  • 【買い手】M&A後に退職金制度の統合を検討する
  • 【買い手】は資金繰りを十分に考慮する
  • 【買い手・売り手】専門家に相談する

各ポイントについて、解説します。

買い手は規程に基づき適切に支払う

M&A実施後に売り手の従業員が退職する場合、買い手は規定に基づき適切に支払うことがポイントです。
一般的に、企業は退職金を支払うタイミングや金額などに関するルールを記載した退職金規定を作成しています。もともと売り手の従業員だった場合も、規定に則って支払わなければなりません。
退職金規程を作成していない場合は、これまでの支給基準に従って支給しましょう。万が一、妥当と考えられる金額を超える場合は、損金算入できない可能性があります。

買い手はM&A後に退職金制度の統合を検討する

退職金制度は企業によって異なるため、買い手はM&A実施後に退職金制度を統合することも検討しましょう。
M&Aの際は、売り手の従業員が買い手の退職金制度に加入するケースと、買い手が勤続年数のみを引き継ぎ、売り手の退職金制度をそのまま適用するケースがあります。複数の制度が混在していると人事担当者の事務負担が重くなるため、極力統合した方がよいでしょう。
なお、統合にあたっては、従業員に不利益が生じないよう配慮しなければなりません。

買い手は資金繰りを十分に考慮する

M&A実施後に売り手の従業員が退職することで、想定外のキャッシュアウトが発生する可能性を踏まえ、買い手は資金繰りを考慮しなければなりません。M&A実施前に手元の資金などを確認し、必要に応じて金融機関などから資金調達して資金繰りの悪化を防ぐことも検討しましょう。
また、M&A実施前に退職金が発生する場合は、売り手の財務状況が一時的に悪化する可能性があります。そのため、売り手の退職金積立の状況などを踏まえ、契約条件を検討することが大切です。

買い手も売り手も専門家に相談する

M&Aの退職金を考えるにあたって、買い手も売り手も専門家へ相談することがポイントです。
退職金の損金算入可否の基準や税制などは複雑なため、税の専門家に相談した方がよいでしょう。また、資金繰りにも関係することや、スキームによって退職金の扱いが異なることを踏まえ、M&Aの実績や経験、知識を有する専門家に相談することも重要です。

M&Aにおける従業員の退職金計算方法

M&A前後で退職する従業員に支給する退職金計算方法は、企業によってさまざまです。主な計算式として、以下があげられます。

  • 全期間平均給与方式(勤務期間中の平均基本給 × 支給率 × 退職事由係数)
  • 最終給与連動方式(退職する際の基本給 × 支給率 × 退職事由係数)
  • 別テーブル方式(別途定めた基本給 × 支給率 × 退職事由係数)
  • ポイント制方式(ポイント値の累計 × ポイント単価 × 退職事由係数)
  • 勤続年数別定額方式(積立合計額 × 支給率 × 退職事由係数)

全期間平均給与方式・最終給与連動方式・別テーブル方式は、基本給を基準としています。別テーブル方式の場合は、通常の基本給と別に決められた表から算出した値を用いる点に注意しましょう。

売り手がM&Aの従業員退職金で注意すること

売り手は、M&Aに伴い従業員の退職金が発生する可能性を踏まえ、以下の点に注意しましょう。

  • 勤続年数の扱いに配慮する
  • 退職金の扱いについて丁寧に説明する

それぞれ解説します。

勤続年数の扱いに配慮する

M&Aにあたって、売り手は自社の従業員の勤続年数の扱いに配慮しましょう。
退職所得控除を計算する際に勤続年数を用いるため、退職者は勤続年数が長いほど退職金を受け取る際にかかる税金を抑えられます。そのため、売り手は自社の従業員にかかる税負担を考慮し、M&Aの交渉時に以前の勤続年数がそのまま引き継がれるよう交渉することが大切です。

退職金の扱いについて丁寧に説明する

売り手は、自社の従業員に対してM&A後の退職金の扱いについて丁寧に説明しましょう。
M&Aの実施を聞かされた売り手の従業員は、雇用体系や待遇に加えて退職金の扱いについても不安を抱くことがあります。疑問が解消されないままだと、M&A実施前に従業員のモチベーションが低下したり、現場に混乱が生じたりすることがあるでしょう。
従業員が抱える不安や疑問を解消するために、質疑応答の場を設けるなどの配慮が必要です。

まとめ

M&Aを実施する際、売り手の代表者・役員が退職して役員退職金が発生したり、従業員が退職して従業員退職金が発生したりすることがあります。
退職金を支給する際は、損金算入することで節税につながるケースがある点がポイントです。また、多額の退職金が発生して資金繰りが悪化しないようあらかじめ準備しておきましょう。さらに、退職金の扱いはM&Aのスキームによって異なります。M&Aの実績や経験を有する専門家へ相談し、適切に進められるよう準備をすることが不可欠です。

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